翔くんが考える刺青のマナーとタトゥーチラリズムのお洒落なファッションとは?
「実は、服を着て髪の毛を伸ばせば刺青は全部隠れるんです」
刺青をこよなく愛する翔くんの言葉で、とても興味深い表現が「刺青を入れている人間として、僕なりにTPOをわきまえている」という矛盾にも満ちた言葉だ。
翔くん(@shooo_kun)曰く、髪の毛を伸ばすと頭の刺青もちゃんと隠すことができるし、顔はもちろん首や手・指など確実に露出している箇所には入れていない。
もちろん今後も入れる予定は無いとのこと。
だから洋服を着用して、髪型を変えれば刺青は全て隠れるというのだ。もちろん左耳の大きなピアスは、体に穴が空いている時点でどうにも隠しようがないのだけれど。
翔くんが考える刺青のスタイルとマナー(TPO)について
「もともと最初は、片腕だけに入れて終了しようと思っていたんですよ」
翔くん(@shooo_kun)が刺青を入れたいと思った当初は、SNSがまだ当たり前のように普及していない時代だった。今ではあらゆる情報源として欠かせないツールであるINSTAGRAMも、その当時はあまり知られていなかった。
特に刺青というアンダーグラウンドな世界において、当時の情報源はタトゥー雑誌やミクシィなどが主流だったそうだ。
ちなみにINSTAGRAMは、2010年にアメリカでスタートしたサービスである。価値観の共有や日常のあらゆる情報源としてなくてはならない程に普及していった昨今では考えられないが、その当時日本で利用していた人は、ほぼいなかったのではないだろうか。
そういった背景から、彼が当時見ていたであろう雑誌から受ける影響は現代では考えられないくらいに大きかっただろうと想像する。
まだスマホもない時代、ドキドキしながら雑誌を読んで探し出したタトゥースタジオで、彼の刺青人生はスタートした。当初は片腕だけに入れるスタイルを貫こうと考えていたんだそう。
刺青愛好家として欠かせないマナー(TPO)とは?
「だからまず、左腕だけにしっかりと入れてそれで完成させようと思ってたんですよ」
翔くんが刺青を入れる上で大切にしているポイントとして、まずTPOとマナーをわきまえていることが大前提としてある。例えば状況によって隠す必要があれば「それは絶対にそうすべきだ」という彼なりの正義がある。
時と場合に応じて刺青を隠すという行為は、刺青愛好家として矛盾していると捉えられなくもない…。
いかんせん、それは自己満足で終わらせない周囲に対する配慮という確固たる『意思』があり、彼にとっては非常に大切なマナーなのである。
タトゥーチラリズムのお洒落なファッションとは?
「僕がお洒落だなと感じるのは、例えばユニクロの無地の上下で黒のなんでもないファッションであっても、手首からチラッとタトゥーが見えていたら、それだけでめちゃくちゃカッコいいなぁと思うんですよ」
なるほど、と思った。
要するにノーブランドの服でもなんでも、一点だけブランド物を身に着けていたりアクセサリーや個性的なスニーカーを履くとか、そういう主張を入れるだけで一気にお洒落に見えたり、その人らしさとも言うべき何らかのヒントをくれる要素になる。
そういうニュアンスとして、彼の中では刺青というモノが最大限それを実現可能にしてくれるツールなのだ。
ましてや彼が身に纏っている一生消えない絵画は、流行り廃りやブランドはおろか第三者が介入する隙のない絶対的な説得力と破壊力をはらんでいる。
「例えば、一見何気ない通勤電車の中で吊り革を持っている腕から刺青が覗いていたら…」と彼は続ける、そして自身の頭に入れた刺青についてもそういった意味において強いこだわりがあるという。
2022年に入れた頭の刺青「これでやっと完成しました」
「頭の刺青って目立つんですけど、これにニットキャップやベレー帽を合わせるのが、僕はとても気に入っています」
逆に帽子をかぶらずに全部見せてしまうと、その魅力は半減するようにも感じているらしく、やはりチラリズムという奥ゆかしさでその魅力を伝えたいらしい。
そんなファッションへのこだわりもまた、翔くんという人物を象徴しているように感じさせた。
「僕は中でも2022年に入れた、このもみあげの部分が特にお気に入りなんです。これがあることで、冬場でも絶対に刺青を見せることができるし、アクセサリー感覚としても優秀なアイテムになってくれていて」
この人は本当に刺青が大好きなんだな、そう思った。
この刺青に対するこだわりや愛情は、尽きることなくいくらでも話してくれそうに見えた。その果てしない無いこだわりは、彼の中で論理的に確固たるものであり、刺青を入れたことを1ミリも後悔していないという絶対的な自信も含めて、またさらにオモシロイ人だなと感じた。
翔くんから学んだ「人は見た目で判断してはいけない」という不確かな真実
翔くんと初めて会った日に感じたこと、それは単に「この人見た目とのギャップが凄いなぁ」ということだった。失礼かもしれないが、やはり刺青を入れている多くの人(日本人の場合)に対してやはり怖いイメージがあったり、少しオラオラしてるのかなとか思ってしまっていた。
「僕はよく、初めて会った人から激しい音楽聴いてそうとか言われるんですよ」
それはそうだと思う。
やはり誰しも最初は見た目で人を判断するものだし、判断される側の人間もまた少なからず『自分はこんな人間です』という看板を掲げるためにファッションを利用している部分はあると思う。
なるほど、それが本人の思惑通り上手くいっていれば2割~3割は盛ることが可能だし、あわよくば「お洒落な人」や「素敵な人」だとか言われたりもする。逆の場合は、残念ながらダサい人としてラベリングされてしまうかも知れないが、それはまたその人のキャラクターとして定着していったりもする。
初対面では、そのセルフプロデュースとも言うべき見た目が、その人物の内面や趣味嗜好ひいては恋愛対象としての有無までをも半自動的に相手にイメージさせてしまうのである。
一見『正しい教え』として「人は見た目で判断してはいけない」という言葉をよく聞くが、いかんせん本能的に視覚から入ってくる情報というものは、かなり重要な判断材料になってしまう。
悲しい現実として認めざるを得ない、動物としての『真実』として否めないと言っていいだろう。
無論、私だって同じようなことを考えていた。
初めて翔くんに会った時、その5秒前まで彼の容姿だけで判断し、やはりなんとなく彼の性格まで勝手に想像し、勝手に緊張までしていたように思う。
一番好きな音楽はZARDです
おそらく好奇の目で見れば、やはり彼は「そっち系の人」に見えるだろうし、激しいパンクやロックミュージックを好みそうに見えるかも知れない。
願わくばそうあって欲しいと願う人々の期待を裏切り、彼は「J-POPが大好きです」と公言している。その中でもZARDがイチオシだそう。
その理由を訊けば、やはりルーツはお母様の影響が強いとのこと。
「ZARDの曲を初めて聴いたのは、母がカラオケで歌っていた時だったと思います。それが凄く印象に残っていて、その時はすでにボーカルの坂井泉水さんは亡くなられていました。
たぶん、だからこそ余計に追いかけたくなるような魅力があるんですよね」
「僕はもともとカラオケが苦手だったんです」という意外な言葉
そして、翔くんは刺青を入れたことによって、もともと一番苦手だった『カラオケ』というモノを克服することができたらしい。
「僕もともとカラオケで歌うのが凄い苦手だったんですよ」
まさかの一言だった。私が知っている彼は、カラオケに行くと率先して選曲し誰よりもガンガン歌ってるようなタイプだったから。
「だけど、刺青を入れてから自分のことを大好きになって、カラオケで歌うのがめちゃくちゃ楽しくなったんです」
なるほど、ここにも内面的なコンプレックスや生い立ちを清算して、ステージを駆け上がるように達観できる側面があるのかも知れないと理解できた。刺青というツールを介して、今までの自分をブラッシュアップすることができる『何か』が確実にあるのだろう。
私に置き換えるとすれば、それはメイクやファッション・髪型を変えたり、憧れの人物像を真似たりすることで、容易に叶えることができるような気がする。
ただ見た目を変える、もちろん外見を変化させただけのことではあるが、私たちはたったそれだけのことで本来の自分以上に自分を表現できたり、新しい自分になったような気がしたりする。
だから翔くんにとっての『刺青』とは、メイクやファッション・アクセサリーに近い位置づけとして存在し、現在進行系で常に自身のアイデンティティーを高めてくれる必須アイテムなのである。
そして彼のそれは、基本的に一生消すことができないものであり、日本的なマジョリティーから考えるとすれば非常に無意味で非合理的な批判に値する存在なのである。
そういう希少価値とも言うべき云々も含めて、絶対的な唯一無二の存在になれる「たしかなもの」として刺青はやはり彼にとっては必要不可欠なツールなのかも知れない。
人が自分を好きになっていくプロセスを逆再生で紐解いていくような、そんなキラキラしたインタビューでした。翔くん(@shooo_kun)、出逢ってくれてありがとう。