【後日談】翔くんとの出逢いから取材を終えて思うこと
2022年11月27日、紅葉真っ只中の清水寺🍁
この日は日曜日。インバウンドのツアー客も大勢訪れ、みんな最高の天気に浮かれてとにかくめちゃくちゃごった返していた。有名なソレを観るために、いろんな国のいろんな人種がひしめき合っていた。
私たちは、撮影も兼ねて京都でも屈指の有名所『清水寺』で落ち合うことにした。
さて、ここではまず今回の取材を終えての感想と、翔くんを取材する事になった経緯も含めて簡単に振り返ってみたいと思う。
翔くん(@shooo_kun)との出逢いについて
翔くん(@shooo_kun)との出逢いは、2022年7月だったと思う。夏真っ盛りの頃、わりと最近のことのように感じたり、随分昔のようにも感じたりしてしまう・・・。
いろんな記憶が交錯してクラクラしそうになるけれど、この夜のことはハッキリと覚えている。
翔くんについては、以前よりInstagramで何度か拝見していて「へぇ~、この人めっちゃタトゥー入ってるやん」と思っていた。
会う前の印象としては、本当にただそれだけだったんだけれど、完全に油断していた。その日は突然やってきた。
ある日突然現れた『強烈なキャラの人』
その日は、夏と言ってもそこまで気温が高くなくて、むしろ乾いた風が心地よくあらかじめ素敵なできごとが起こりそうな夜の気配が漂っていた。
そんなワケで、タイミング良く友人のライヴに行く流れになって、仲間と待ち合わせしていた場所で彼は突然現れたのだった。
「あ、インスタでよく見る人やん」という心の声。その心の声をかき消すように、翔くんは深々とお辞儀をしながら少々丁寧過ぎる挨拶をしてくれて面食らったような感じになった。
だけど、もうその時すでに隠しきれないほどニヤニヤしていたと思う。
そう、完全にその時から『人間ヲタク』のスイッチがオンになっていた。「こんな良いギャップの人いるんや、めっちゃおもしろい人やん」そう思った。
もともと刺青に対してそんなに興味がなかった私は、でも、その翔くんという人物に少しばかりの違和感と、それ以上の親近感を抱きながら「いつかじっくり刺青とかボディピアスを入れた理由を訊いてみたいなぁ」なんてぼんやりと思っていた。
でなければ、私の『人間ヲタク』としてのセオリーに大きく逸脱していると思われる彼の本質はきっと見抜けないだろうと思ったのだ。
『刺青文化』についての考察を少し。
私の中で『刺青』もしくはタトゥーと呼ばれる皮膚の中に消えることのない絵画を埋め込む不可思議な文化は、明らかに世界に誇るべき日本の伝統文化であると思う。
いかんせん私という人間は全く刺青を入れていないのだけれど、排他的なイメージの強い刺青という各個人の持ち物である絵画について多少なりとも興味がある。きっと日本人なら誰でもスリルにも似た好奇心に近い感覚を持っているのではないだろうか。
それらはどういうワケか、意図せずとも周りの人を動揺させたり不穏なキモチにさせてしまうのだけれど、そういった影響力も含めて「オモシロイ文化だなぁ」と感じてしまう。
台湾で見た自然な『刺青文化』
話は飛躍するが、私の中にあった日本的な刺青の概念を大きく変えてくれたのは台湾で過ごした4年の月日だったろうと思う🌙
台湾の人々が考えている『刺青』とは、単純にファッションとしての位置づけだったり自分へのメッセージだったり。
またある友人は、彼女が信仰している宗教心に基づいた大切な意味合いのあるモチーフだと教えてくれたりもした。
私は日常に違和感なく調和して成立しているタトゥーを見ているうちに、徐々に日本的な刺青への固定概念を払拭していったように思う。
時にその体に刻まれた絵画を見て「カッコいいな」「私も入れたいな」なんて思ったりもした。(ちなみに私の『刺青についての考察』や台湾生活でのアレコレは、もの凄く長くなるので別のエッセイにてご紹介させていただくとしよう。)
今回の取材の経緯について
『春雨ONLINE』として公式に記事を書かせていただくということで、2回目の取材となったこの日。
第1回目は、カメラマンの 藤崎健太郎(@kentaro_fujisaki)氏。言わずもがなの『刺青写真家』として有名な藤崎氏からのバトンタッチで叶った翔くんの取材。
その辺りの経緯について、自分なりにじっくりと振り返ってみた。私と藤崎氏は、かねてからの友人なんだけれど、お互いにこういったカタチでまた出逢うことになるとは思わなかっただろうと思う。
『刺青写真家』藤崎健太郎氏との出逢い
この取材のご縁を繋いでくれた 藤崎健太郎(@kentaro_fujisaki)氏。
藤崎氏との出逢いは10年以上も前に遡る。それは彼が『刺青写真家』として活動し始めた頃だったと記憶している。
以前の記事にもある通り、その当時まだバンド活動を並行して行っていた藤崎氏。そんな彼の音楽関係の知人を介して私たちは出逢った。
そして今振り返って考えてみると、その出逢いから全てが始まっていたようにも感じられる。私の「本当にやりたいこと」は当時はまだ見つかっていなくて、どう生きていきたいのかも本心ではまだわかっていなかった。
今思えば、いつもどこか不安定でただガムシャラに毎日が通り過ぎていくような感じだったと思う。
そして再会した2022年。私はすでに『人間ヲタク』であるという自覚をしていたし、彼は彼で『刺青写真家』としての地位を確固たるものにしていた。
あの出逢いから10年以上が経った今、彼は『刺青写真家』として多くの時を過ごし、また多くの人脈を繋いで現在に至るまで着実に活動をして生きてきたという事、そのバトンが私に回って次に繋がっていくというカルマ。
【後日談】翔くんとの取材を終えて思うこと
なんだかんだ、私のかねてからの希望であった翔くんの本当の正体を暴くチャンスがやってきた。
それは意図せずとも必然的に、この【春雨ONLINE】を立ち上げた時からおそらく決まっていたことなんだと思うけど、嬉しくも有り、多少のプレッシャーなども感じながらその日を迎えることとなった。
翔くんとの清水寺散策デート✌
結論から言うと、終始和気あいあいと言った雰囲気で和やかに充実した1日だった気がする。何より 翔くん(@shooo_kun)の人柄も相まって、気負わずリラックスして普通に話すことができたんじゃないかと思う。
「もしこれが本当の恋人同士だったら、紅葉真っ盛りの清水寺デートという超カオスなミッションをこんなにも和やかに終えることができていたのだろうか?」なんてどうでもいい妄想なんかもしつつ、一応キレイな紅葉を見たり沈みゆく夕焼けを眺めたりして『これぞ京都観光!』って感じの日だったと思う。(ちなみに私は、基本的に人混みが大の苦手。私史上でもなかなか挑戦した方だと思う🍁)
待ち合わせに1時間半遅刻してきた翔くん
翔くんという人間は、非常に義理人情にアツい漢だと認識している。
そんな翔くんが、よりによって大切な取材の日に大遅刻してやってきた。こんなことはおそらく彼の人生の中でもなかなか珍しい失態だったろうと思う。
「ヤバいです。今起きました😱1時間くらい遅刻します、すみません!!!」という1件のメッセージ…
その時すでに現場に到着していた私は、一瞬頭が真っ白になりかけ「今日の取材ホンマに大丈夫か?」という心の声が頭の中で反芻しそうになった。
しかしながら、ここで落胆している場合ではない大事な取材の日✍この日の主催者である私がそんなことで不安になっている場合ではないのだ。
こういう時はスルーするのが一番だ。
『これはネタになるなぁ』なんて楽しい妄想なんかもしたり、あらかじめ用意されたハッピーエンドの序章に過ぎないのだと言い聞かせたり。
翔くんのインタビュー記事について
そんなワケで翔くんの失態をここで大きく晒したワケだが、インタビュー記事ではじっくりと彼自身に向き合い深掘りをしていったつもりである。
翔くんの生い立ちや刺青を入れたいと思った経緯、また『人間ヲタク』を唸らせた彼の人となりを通して多くの人の心に優しい春の雨を降らせることができたのではないだろうか。
【まとめ】翔くんとの出逢いから取材を終えて思うこと
改めて今回の取材を通して、彼のアイデンティティーとも言うべき刺青やピアスへの理解が深まったように思う。
また、予想に反して私自身の生い立ちも少しリンクしていたりもして、思いのほか実りあるインタビューができたと思う。
「自分の人生なんだから好きに生きよう」という翔くんの言葉
オンラインで世界中どこへでも1秒以内に繋がることができるこの便利な時代。
日本社会の中では『刺青』はまだまだマイノリティーな存在であり、排他的なイメージが強いと思う。
そんな多くのしがらみの中で生き同じ世界線で戦ってきたはずの翔くんだからこそ、彼が感じた『刺青』への憧れや自由な考え方が本当にステキだなと改めて感じた。
3.11をキッカケに大きく自らの人生を変えた彼の『自分の人生なんだから好きに生きよう』という言葉の重みや覚悟も大きな学びとなった。
今回はここまで。
最後までお読みいただきありがとうございました。